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で、あんたは死ね

3

©Michal Endo Weil

 中央バス停でウォッカをひと瓶買い、ミロン山のふもとに着くまでの5時間ほどで半分あけた。バスを降りて、基地に向かう車を待った。山のてっぺんにある基地の門に着くまで、また1時間が過ぎた。ウォッカのせいで頭がぐらぐらする。よろよろと、ぼくは基地に踏みこんだ。ぼくを見て守衛が大声をあげた。
「ヨアブ、ヨアブ、どうした。面倒を起こしたな」
 守衛に笑いかけて、ぼくは室にむかった。基地全部を合わせても中位の駐車場ほどもない大きさなのだが、ウォッカ半瓶のせいで、室までへたりこまないでたどり着けるか、心許なかった。踏んばって、やっと室にはいると、同室のふたりはベッドに横になっていた。
「アドリー、おい、アドリー」ふたりが声をあげた。
 ぼくは、にっこりふたりに笑いかけた。
 1分もたたないうちに室には20人以上押しかけ、みんな、ぼくの肩を叩いては法律対策をあれこれ無料で進言してくれた。みんな、ぼくのいざこざを知っていた。守備隊の司令官が入ってきた。
「オ−ケ−。この室以外のものは、全員外に出ろ」
 みんなはのろのろと、だが、騒々しく出ていった。
「わたしの部屋で話そうか?」司令官はそう言いながら、同室のふたりを眺めた。
「いえ、ここで大丈夫です」
「わかった。君に関してかんばしくない話がはいっている。大隊長からだ。上官を武器で脅したそうだな」
 ぼくは肩をすくめた。「必ずしも、そうとは言えません」ぼくは嘘をついた。
 司令官がぼくを見つめた。
「大隊長は明朝ここに到着する。ここに来る理由はまったくない。あと4日で退役なんだ。来るのは、君のことでだ」
 ぼくは黙っていた。司令官は室のなかを歩きまわって、溜め息をついた。
「アドリー、なあ、アドリー。なぜ、こんな面倒を起こしたのか話してくれないか。退役4日前だというのに、わざわざ君のことでここまでのぼってくるっていうんだから、絶体絶命だ。君を叩きのめしにくるんだからな。君についてなにか問題を見つけて、わたしは訴状を提出しなくちゃならなくなる。大隊長が裁定をくだす。まっすぐ、営倉いきだ」
 ぼくは、じっと司令官を見つめていた。
 司令官は深呼吸をして、頭をふった。
「まあ、どうしようもないか。ここを片づけたら、なにか食べろよ。今日は、歩哨をとく」
「ありがとうございます」
 司令官は信じられないというように、また頭をふり、そして出ていった。同室のふたりはぼくをかこんで、詳しい話を聞きたがった。ぼくは口を割らなかった。
 ベッドに腰をおろして、ぼくは吐き気がこみあげてくるのを感じていた。数分後、世界がぐるぐるまわり始めた。室を出て、よろめきながら便所にむかった。便所で、ぜんぶ吐いた。世界がもとの場所に戻る。蛇口に頭をつけて、しばらく冷たい水をあび、頭を拭いてから室に戻った。ぼくの所業について詳しい話を聞きだそうと、あいかわらず出たり入ったりが続いた。お茶をがぶ飲みしたが、例の件についてはしゃべらなかった。ほとんど口をきかなかったといっていい。

 夕飯のあと、ぼくは室の戸を閉めた。夕飯のあいだじゅう、「どうしたら努力しないで軍事裁判を避けられるか」という論題で、あれこれ考えられるかぎりの助言を聞かなければならなかったのだ。同室のふたりがオーバーを着こみ、毛の帽子にエアブーツをはいて歩哨に出ていった。ベッドに横になったが、眠れなかった。ラジオをつけたが重苦しい歌で、しかもかすかにしか聞こえない。時がゆっくり過ぎていき、ゆっくりとすべてがほどけていった。目を閉じて、しばらくうとうとした。
 同室のひとりが歩哨から戻ってベッドにもぐる音で、目が醒めた。彼は数秒もたたないうちに寝入ってしまった。ラジオからは聞き慣れない音楽が流れ、外の歩哨たちのおしゃべりが、遠くの、他局のラジオのように聞こえてくる。横になったまま、ぼくは静かに耳をすました。急にアナットを思い出して、ぼくは泣いた。暗やみに横になったまま、長いことぼくは涙を流していた。そのうち涙は涸れ、ぼくは横になったまま、暗やみを見つめてあれこれ考え、眠らなかった。
 朝の3時、雪が降り出した。はじめはひっそりと、だが、1時間後には、かなり降り積もった。歩哨にたっていた連中が「雪だぞ、雪だ」と叫んで、みんなを起こした。みんなは飛びだして雪合戦をし、雪だるまをこしらえてたわむれた。
 雪はこやみなく降った。午前中ずっと降りつづき、水道管が凍りついて、基地への道はすべて交通止めになった。通信網が、山への道も封鎖されたと伝えてきた。雪は降りつづいた。何十年ぶりかの降雪量で、ヘリコプターが食糧と燃料を落としにきた。誰も、これほどきびしい冬を予想していなかった。雪は降って降って、5日間、降りつづいた。交通網が途絶え、大隊長は甥の恨みをはらしにのぼって来なかった。雪がこやみになって道路が開通すると、例の件をまったく知らない大隊長にかわっていた。雪は、それでもまだ降りつづいた。ぼくの人生で、あれほど見事な雪を見たのは、あのときだけだ。

Ve-Ata Tihie Met (And You’ll be Died) from "The Day They Shot the President Down" by Uzi Weil, Am Oved Publishers,Tel-Aviv,1991,257pp.

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